第64回 勝兵塾月例会レポート

塾長・最高顧問 元谷 外志雄

塾長・最高顧問 元谷 外志雄

 勝兵塾第64回月例会が、9月15日(木)アパグループ東京本社にて開催されました。
 冒頭のアパグループ元谷外志雄代表による塾長挨拶では、「超異常低金利は大変ありがたい状況である。現在大東京圏で25ホテルが設計、建築中であり、うちタワー型ホテルが4つある。昨日も両国の約1、100室のホテルの建設をゼネコンに発注を決めた。これからも大々的に投資していく。コーストホテルの買収によって北米では40ホテルとなり、“You’ll be Back”という新しいコピーを8月18日の日経新聞の広告に大きく掲げたが、実は大東京圏で設計、建築中の一つ一つのプロジェクトの投資額の方が、北米での投資額よりもはるかい大きい。」「日本もこの超低金利を活かしてインフラ整備をするべきである。例えば、期間99年の建設国債を発行し、その資金で山手線を、大深度地下を利用して地下化し、地上部を借地権として売却し、その地代収入から建設国債の償還原資を賄うのである。そうすれば東京は一層素晴らしいものになるだろう。先のオリンピックのときにはわずかの期間で新幹線や首都高が開通した。今回はオリンピック開催が決まってから2年間何をしてきたのだろうか。リオでの選手の活躍が素晴らしく東京オリンピックへの期待感が増した。世界の素晴らしい都市で東京のように電柱が立っている都市はめずらしい。バンクーバーの都市景観は大変素晴らしいものであった。11月15日にグランドオープンを予定し、それに合わせてACC、勝兵塾合同の海外視察研修を計画している。ここでは9月6日にバンクーバーで行われた記者会見の模様を見ていただきたい。」と、アパグループの拡大戦略に触れながら、国のインフラ投資に関して具体的な提案をされました。さらに、現地時間9月6日にバンクーバーで行われた記者会見の模様を視聴しました。

チュニジア共和国大使館特命全権大使 カイス・ダラジ様

チュニジア共和国大使館特命全権大使 カイス・ダラジ様

 チュニジア共和国大使館特命全権大使のカイス・ダラジ様cは、「代表の知性と好奇心に深く感銘を受けている。アラブの春の結果について残念に思っている。チュニジアはアラブの春で唯一成功した国であり、平和的に民主化を進めた。新しい憲法を制定し、これまでの慣習を打ち破り、男女平等や思想信条や職業の自由といった民主主義の基準をイスラムの世界の中で取り入れた。さらに2014年には自由で公正な大統領選挙が行われた。こうしたことでテロの活発化をコントロール下に置くことに成功した。民主化のプロセスに成功したことで2015年にはノーベル賞を受賞した。チュニジアでの成功はすべての地域にとって紛争を避け、融和していくための方法を示すものであり、イスラム教徒と民主主義の価値観とが共存していくための手本になる。日本は多様性を認める素晴らしい国である。チュニジアも日本の今の状態を目指している。チュニジアは日本と同じ価値観を共有し、パートナーでありたいと思っており、安全保障理事会で日本が常任理事国になることを応援している。」と、チュニジアでの民主化の成功について語られました。

衆議院議員 三ッ林裕巳様

衆議院議員 三ッ林裕巳様

 衆議院議員の三ッ林裕巳様は、「日本の最大の問題は安全保障と少子化である。安全保障については、先日のTICAD6で日本とアフリカの連携を強めていくことが確認された。少子化については、日本は最も進んだ高齢化、少子化国であり、経済社会の活力をいかに維持していくかとして、安倍政権は一億総活躍を掲げている。現在出生率が1・42であり、このままいくと2060年には人口が8、700万人に減少し、高齢者が4割を占めるようになる。今少子化対策を立てずして日本の未来はない。女性が活躍できる社会、子育てしやすい社会を実現するため、長時間労働を抑制し、若者の経済基盤を整え、介護、保育の人材を確保していく。私は医師であり、その経験から地域医療についても取り組んでいく。例えば、地方には産婦人医がいないなど、医師の地域偏在がある。これは国に問題があったからである。研修医制度が自由化されたため、医師が地方から大都市に出てしまうのである。医師の地域偏在を解消し地域に根付くよう取り組んでいきたい。」と、少子化対策への取り組みや医師の地域偏在の問題について語られました。
 塾生より質問が相次ぎ、「エチゾラムは依存になりやすいため処方されなくなり、その代わりに睡眠薬が処方されるようになると聞いたが、どのように考えるか」と質問が出され、三ツ林様は「エチゾラムが安定剤として広く使われていることは承知しているが、それが使用できなくなる理由については承知していない。ただし、薬の処方については個人差が大きく、これまで使用していた薬が使えなくなることは個人にとっては大変な問題がある。こうしたご意見は厚生労働省に伝えていく。」と答えられました。また、「非正規雇用者が4割と言われるなか、精神医療の充実についてどのように考えるか」という質問に対しては、「精神医療について日本では理解が進んでいない。熊本大震災でも被災地ではパニック症状が出たりして、心理的なケアが必要であった。精神医療についてもこれから取り組んでいきたい。」と答えられました。さらに、「子育てについて、昔は子供を7歳まで育ててから女性が働きに出ることが多かったが、今は0歳から子供を預けて働くようになっている。こうした点についてどのような議論がなされているのか。」と質問が出され、「少子化対策の基本に教育が重要であると考えている。現在児童虐待が年間11万件あるが、教育が不十分である結果だと思う。今後児童相談所の予算を増やしていく。0歳から保育園が子供を預かって仕事に行くのが良いのかという議論はされている。医師の経験から母親と共に過ごすのが基本であると考えており、育児休暇を取ってから社会復帰できるようにすべきであると考えている。しかし、今は0歳から子供を預けて女性に社会で活躍していただこうという方向に進んでいる。」と答えられました。

元銚子市長で新しい歴史教科書をつくる会副会長 岡野俊昭様

元銚子市長で新しい歴史教科書をつくる会副会長 岡野俊昭様

 元銚子市長で新しい歴史教科書をつくる会副会長の岡野俊昭様は、「リオのオリンピックを見ていて日本の選手の表彰式での態度が変わったと感じた。これまで国家を歌わない選手がいたが、歌う選手が増えた。オリンピックは民族の特性を表現する場でもある。また、選手達は日頃のトレーニングの過程や試合の最中、その後のことについて、非常に的確に話していた。特に支えてくれた方々への感謝、ライバルへの感謝の気持ちや考えられることはやり尽くして臨んだこと、努力すれば夢が叶うことなど、選手達の発言が青少年に大きな影響を与えた。とりわけ難民の選手の「どこかで家族が見ているはずだ」という発言は世界中の涙を誘った。古代オリンピックは紀元前9世紀から4世紀にかけてギリシアで行われた。その間は戦争は止めさせられ、それを破ればその国とは貿易をしないという罰則があった。当初の賞品は月桂冠のみだったのが次第に過剰な報酬で腐敗していき、暴君ネロの時代で途絶えた。フランスのクーベルタンの呼びかけでIOCを設立され、第一回オリンピックは古代オリンピックにちなんでアテネで開催することになった。なお、『参加することに意義がある』という言葉は、クーベルタンのものではなく、牧師の言葉である。」と、リオデジャネイロ・オリンピックでの日本選手の態度の変化を評価されました。

在日ルーマニア商工会議所会頭 酒生文弥様

在日ルーマニア商工会議所会頭 酒生文弥様

  在日ルーマニア商工会議所会頭の酒生文弥様は、「ルーマニアとモルドバからユーラシア大陸に親日国を増やしていこうという取り組みをしている。1982年から通訳、翻訳の仕事をしており、今上陛下のご成婚事業でサウジアラビアにも滞在し、イスラム教と浄土真宗が絶対他力という点で似ていると感じ、陛下(当時は皇太子殿下)にもその旨をお話しさせていただいた。モルドバは『砦の多い国』という意味で、これまでいろいろな攻防があった。1918年に独立したが、第一次大戦でルーマニアが戦勝国となり、ルーマニアの一部になった。その後ソ連に占領されて分断された。ソ連はルーマニアも占領したが、それは当時ルーマニアには石油があったからである。そこで人口の1割が殺されている。ルーマニアとモルドバはともに旧ルーマニア王国に属しており、旧王家はホーエンツォレルン家ドイツをルーツにしている。日本の皇室は旧王家と今も緊密な関係を保持されている。ルーマニア王室も保護してきた野球に似たスポーツである『オイナ』を通じて日本とルーマニアのスポーツ交流を進めていく。」と、ルーマニアやエルドバの歴史を紹介されました。

一般社団法人日本イラン貿易協会理事長 キアニ正人様

一般社団法人日本イラン貿易協会理事長 キアニ正人様

一般社団法人日本イラン貿易協会理事長のキアニ正人様は、「30年前に来日した。きっかけはイランで放映されていた『おしん』である。そこで憧れて日本に来た。イランでは三十数年前に革命が起きた。王様はアメリカと仲が良かったが、ホメイニが来て革命が起こった。王家は贅沢をしていたが国民は貧しかったから革命が起こったが、アメリカからの制裁が国に課された。出光など日本は昔からイランと付き合いがあった。しかし、日本はイラン人が薬を買いに来ても、禁輸リストにないにもかかわらず売らなかった。日本は何千年もの歴史があり、世界の平和のシンボルであるから、制裁が解除されて、自信を持っていろんなことをやろうとしてきた。しかし、タクシー30台分のタイヤを買おうと横浜タイヤに半年かけて説明したが、結局その話はだめになった。こうした話はいろんな産業で起こっている。日本光電と医療機器の購入を契約しても輸出できなかった。誰に会えば良いのかわからない。」と、日本のイランに対する輸出の姿勢を批判されました。これに対して三ツ林様は、「国としてきちっとした対応ができていないと感じる。おそらく経済産業省の問題だろう。日本人は曖昧なところがある。しっかり持ち帰って結果を出せるように頑張りたい。」と答えられました。

戦後問題ジャーナリスト 佐波優子様

戦後問題ジャーナリスト 佐波優子様

 戦後問題ジャーナリストの佐波優子様は、「最近は科学技術方面の取材をすることが多い。6月に113番元素がニホニウムと命名された。これまで元素名で日本にちなんだ名前はなかった。これは本当に大きな偉業であると思う。ニホニウムは理科学研究所の森田チームが合成に成功したが、亜鉛をビスマスに衝突させて合成する成功確率は1垓分の1であり、1、000分の1秒しか存在できない。森田チームはこれまで3回合成に成功している。日本への感謝の気持ちからニホニウムと命名した。」と、日本の科学技術分野での偉業を紹介されました。

 

 最後に塾長は、「明日は東京都心最大級の西新宿歌舞伎町タワーの起工式が行われる。冒頭では山手線を、大深度地下を利用して地下化し、地上部分を借地権化して建設国債の償還原資にすべきと提言した。日本は広島、長崎と原爆を投下され、次に核攻撃があるとすれば日本が最も確率が高い。日本は核武装国に囲まれているが、警戒心が薄すぎる。各国の核シェルターの人口に対する普及率を調べてみると、スイス、イスラエルは100%、ノルウェーは98%、アメリカは82%、ロシアで78%であるのに対して、日本は0・02%に過ぎない。山手線の地下化と合わせて、山手線の核シェルター化を提案したい。そうすることで国民に核戦争に対する脅威の現実を知らしめるとともに、一定の核攻撃への抑止力となるだろう。北朝鮮を訪れた際も、地下鉄が大変深いところにあり、核戦争に備えたものであった。日本も戦争に備える必要がある。」と、核戦争への備えの必要性を説き、会を締め括られました。